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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)6991号 判決 1990年7月31日

原告 倉田幸夫

右訴訟代理人弁護士 伊東庄治

平松久生

被告 鈴木洋一

右訴訟代理人弁護士 佐藤正勝

被告 株式会社 湯沢第一ホテル

右代表者代表取締役 石川恒夫

右訴訟代理人弁護士 木村敢

被告 久光二三四

右訴訟代理人弁護士 村田豊

被告 東京信用保証協会

右代表者理事 磯村光男

右訴訟代理人弁護士 成富安信

成富信方

青木俊文

田中等

高橋英一

中山慈夫

中町誠

八代徹也

長尾亮

被告近藤弘承継人 近藤かづ子

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 真智稔

同 金和子

<ほか一名>

被告 中小企業金融公庫

右代表者総裁 船後正道

右訴訟代理人弁護士 上野隆司

高山満

右訴訟復代理人弁護士 田中博文

被告 松平正樹

<ほか一名>

被告 株式会社 岩野商会

右代表者代表取締役 岩野宏

右訴訟代理人弁護士 川上眞足

右訴訟復代理人弁護士 戸崎悦夫

被告 結城秀雄

右訴訟代理人弁護士 中山慈夫

右訴訟復代理人弁護士 井上晴孝

被告 大原千幸

右訴訟代理人弁護士 木屋政城

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

[請求の趣旨]

一  被告鈴木洋一は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について新潟地方法務局六日町支局昭和五四年一〇月一七日受付第二〇一三一号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告株式会社湯沢第一ホテルは原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五五年三月一八日受付第五七六三号所有権一部移転登記及び同日受付第五七六四号鈴木洋一持分全部移転登記の各抹消登記手続をせよ。

三  被告久光二三四は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五四年一一月一五日受付第二一六〇九号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四  被告東京信用保証協会は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五五年五月三〇日受付第一一一五五号根抵当権設定登記及び同年九月二四日受付第一八五六七号根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

五  被告近藤かづ子、同近藤昇、同近藤桃子、同金和子、同金潤泰は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五五年七月二一日受付第一四一六七号根抵当権設定登記及び同年一二月六日受付第二三二四八号停止条件付賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。

六  被告中小企業金融公庫は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五五年九月一八日受付第一八二五八号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

七  被告松平正樹は原告に対し別紙物件目録(一)記載の不動産について同支局昭和五五年一二月六日受付第二三二四四号賃借権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

八  被告株式会社エヌ・アール・ケイ・ローズクラブは原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五五年一二月六日受付第二三二四九号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

九  被告株式会社岩野商会は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五五年一二月一九日受付第二五一六八号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

一〇  被告結城秀雄は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)記載の不動産について同支局昭和五五年一二月一九日受付第二五三三一号根抵当権設定仮登記及び同月受付第二五三三二号賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。

一一  被告大原千幸は原告に対し別紙物件目録(一)、(二)、(三)記載の不動産について同支局昭和五五年一二月二二日受付第二五九八八号抵当権設定登記及び別紙物件目録(一)記載の不動産について同支局昭和五六年六月二日受付第一一五〇三号二〇番賃借権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

一二  訴訟費用は被告らの負担とする。

[請求の趣旨に対する答弁]

(被告鈴木洋一、株式会社湯沢第一ホテル、久光二三四、東京信用保証協会、中小企業金融公庫、松平正樹、株式会社岩野商会、結城秀雄、大原千幸)

主文同旨

(被告近藤かづ子、近藤昇、近藤桃子、金和子、金潤泰)

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

[請求原因]

一  別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)及び同目録(二)、(三)記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと倉田七郎の所有であったが、同人は昭和五〇年七月二八日死亡し、その子である原告が相続により同人の権利義務を承継し、本件建物については昭和五一年二月一八日受付をもって原告名義で所有権保存登記手続をし、本件土地については同日受付をもって相続を原因とする所有権移転登記手続をした。

二  本件土地建物については、被告鈴木洋一のため請求の趣旨一の登記、被告株式会社湯沢第一ホテルのため請求の趣旨二の登記、被告久光二三四のため請求の趣旨三の登記、被告東京信用保証協会のため請求の趣旨四の登記、近藤弘(被告近藤かづ子、近藤昇、近藤桃子、金和子、金潤泰が同人を承継)のため請求の趣旨五の登記、被告中小企業金融公庫のため請求の趣旨六の登記、被告株式会社エヌ・アール・ケイ・ローズクラブのため請求の趣旨八の登記、被告株式会社岩野商会のため請求の趣旨九の登記、被告大原千幸のため請求の趣旨一一の抵当権設定登記がされ、本件建物及び別紙物件目録(二)記載の土地については被告結城秀雄のため請求の趣旨一〇の登記がされ、本件建物については被告松平正樹のため請求の趣旨七の登記、被告大原千幸のため請求の趣旨一一の賃借権移転登記がされている。

三  よって、原告は被告らに対し所有権に基づき右各登記の抹消登記手続を求める。

[請求原因に対する答弁]

(被告鈴木洋一)

一 請求原因一は認める。

二 同二のうち被告鈴木の登記については認め、その余は不知。

(被告久光二三四)

一 請求原因一のうち登記については認め、その余は不知。

二 同二のうち被告鈴木及び久光の登記については認め、その余は不知。

(被告東京信用保証協会)

一 請求原因一のうち登記については認め、その余は不知。

二 同二のうち被告鈴木及び東京信用保証協会の登記については認め、その余は不知。

(被告中小企業金融公庫)

一 請求原因一のうち登記については認め、その余は不知。

二 同二のうち被告鈴木及び中小企業金融公庫の登記については認め、その余は不知。

(被告松平正樹)

一 請求原因一は認める。

二 同二は認める。

(被告株式会社岩野商会)

一 請求原因一は認める。

二 同二は認める。

(被告結城秀雄)

一 請求原因一は認める。

二 同二は認める。

(被告大原千幸)

一 請求原因一は認める。

二 同二は認める。

[抗弁]

(被告鈴木洋一)

一 訴外篠田晃雄は昭和五四年一〇月一六日原告のためにすることを示して被告鈴木との間で本件土地建物を代金五一二六万三一三〇円で同被告に売渡す旨の売買契約(ただし買戻特約付)を締結した。

二 原告は右契約に先立って篠田に対しその代理権を授与した。すなわち次のとおりである。

1 倉田七郎は昭和四九年一一月一一日株式会社湯沢第一ホテル(本件被告。以下「湯沢第一ホテル」という。)を設立し、本件土地上に本件建物を建築して本件建物を右会社に賃貸した。右会社は本件建物で旅館を経営していた。同人死亡後、湯沢第一ホテルは、同人の妻である倉田タツが代表取締役、長男である原告、二男である倉田俊夫及び島本金男が取締役になって運営されていた。

2 原告ら家族は、島本金男(宗教法人誠光会代表で佳寿と称していた。)の紹介で篠田と知り合い、同人と相談の上、本件建物をホテルから病院に改造し共同して病院を経営しようとの計画を立案し、経営能力のある同人に対し右計画実現のための包括代理権を授与し、右計画を遂行させていたが、いつごろかこの計画を断念し、農協への借金返済のため本件土地建物を第三者に売却するか又は本件土地建物の所有権を湯沢第一ホテルに移転した後湯沢第一ホテルを売出す旨の計画を立案した。

3 原告ら家族は、右計画遂行のため昭和五四年七月二七日篠田を湯沢第一ホテルの代表取締役に就任させるとともに、篠田に対し本件土地建物の売却に関する包括的代理権を授与した。

4 その後、篠田は湯沢第一ホテルの代表取締役として、原告から本件土地建物を買受け本件建物内の什器備品等も含めて湯沢第一ホテルを訴外石川安司に売却するための交渉をしていたが、本件土地建物にはスペースメディア株式会社のため抵当権設定登記がされており、登記済権利証その他の書類も同会社が所持していたため、右抵当権設定登記を抹消し登記済権利証及び所有権移転登記に必要な書類をスペースメディアから取戻す必要に迫られていた。そこで、篠田及び石川は、本件土地建物及び湯沢第一ホテルの什器備品等を担保にしてスペースメディアに対する弁済資金を第三者から借入れようとの計画を立て、原告からは本件土地建物を担保にして資金を借入れることについての承諾を得た。ただし、担保の形式は、本件土地建物の所有権を第三者に移転し借入金返済の際にはその名義を原告に戻すというものであった。その際篠田は原告からその旨の代理権をも授与された。

三 仮に篠田に右代理権が認められないとしても、次のとおり表見代理が成立する。

1 民法一一二条、一一〇条の表見代理

(一) 基本代理権

(1) 篠田は、湯沢第一ホテルの従業員に対する給料その他の支払に充てるため資金作りをする必要があった。そこで篠田及び原告ら家族は本件土地建物を担保にして資金を作ることを計画した。そして、原告ら家族は、篠田に対し登記済権利証、委任状(少なくとも三通)、印鑑証明書(少なくとも三通)を交付して、湯沢第一ホテルが第三者から資金を借入れるに際しその担保として原告所有の本件土地建物を提供するにつき代理権を授与した。

(2) 篠田はまず昭和五四年七月三〇日、湯沢第一ホテルが葉山一夫から二〇〇〇万円の融資を受けるに際し、原告の代理人として、本件土地建物につき極度額二〇〇〇万円の根抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約を締結し、同年八月六日受付で根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記を経由した。

(3) 次に篠田は昭和五四年八月二四日、葉山からの融資金の返済を目的として湯沢第一ホテルがスペースメディアから融資を受けるに際し、原告の代理人として、本件土地建物につき被担保債権二五〇〇万円の抵当権設定契約、停止条件付賃借権設定契約及び代物弁済の予約をし、同月二五日受付で抵当権設定登記、停止条件付賃借権設定仮登記及び所有権移転請求権仮登記を経由した。

(二) 正当事由の存在

(1) 篠田が湯沢第一ホテルの代表取締役であること、湯沢第一ホテルが原告所有の本件土地建物を借受けホテル経営をしていること、湯沢第一ホテルは倉田タツ、原告及び倉田俊夫らの同族会社であること、篠田が不動産売却についての委任状、湯沢第一ホテルの取締役会議事録及び借入金承諾書、本件土地建物の登記簿謄本を持参していること、また所有権移転登記に必要な登記済権利証、原告の印鑑証明書、原告発行の委任状等の一件書類を篠田が被告鈴木に手交したこと、篠田、石川、早坂らが被告鈴木に対して、スペースメディアが湯沢第一ホテルに資金を貸付けその担保として本件土地建物に抵当権等を設定しており、所有権移転登記に必要な登記済権利証等も持っているので、二五〇〇万円の貸付金を返済しないと、スペースメディアに所有権移転登記が経由されてしまい、原告から湯沢第一ホテルへ本件土地建物の所有権移転登記をした後湯沢第一ホテルを第三者へ売却するについて支障を来してしまうということを申し述べて説明したこと、以上のような事実から、被告鈴木は、篠田が本件土地建物を売却するための代理権を有すると信じ、なおかつ借入金承諾書に「……右物建(件)を名変買戻特約付にて借入れすることを承諾する」との記載があり、湯沢第一ホテルの代表取締役である篠田及び原告の署名捺印もあることから、篠田に本件土地建物を買戻特約付で第三者に売却する代理権があると信じた。

(2) 被告鈴木は、本件契約締結に際し原告の意思を確認するため次のとおり努力した。すなわち、被告鈴木は早坂、石川に対し本人に会わせるように要求したところ、原告の代理人ということで篠田を紹介された。その後、被告鈴木は篠田に対しても本人に会わせるように要求したが、篠田は、弁護士にも相談して行動しているのであり、必要書類までもできており、また早坂、石川と同道して原告宅を訪れ原告に会って売却の意思を確認していると申し述べたので、被告鈴木は篠田が原告の代理人であることを認めざるを得なかった。

なおかつ、被告鈴木は、その前後に湯沢第一ホテルの支配人に会い、篠田の湯沢第一ホテル及び原告らに対する立場を確認しているのである。

2 民法一〇九条、一一〇条の表見代理

原告は本件土地建物を売却するための代理権を篠田に授与した旨を表示していたのであるから、仮に篠田及び被告鈴木間の前記一の契約が右代理権の範囲を越えているものであるとしても、被告鈴木としては、右契約が先に表示された代理権の範囲内の事項であると信ずるにつき、前記1(二)のとおり正当事由がある。

四 被告鈴木は、右代金のうち三〇〇〇万円を篠田に支払い、残金二一二六万三一三〇円は、約定により、本件不動産の所有権移転登記費用及び各仮登記、抵当権等抹消登記手続費用並びに町税、県税の支払分に充当することによって支払った。

(被告東京信用保証協会)

一 原告は昭和五四年一〇月一六日ころ被告鈴木に対し本件土地建物を売渡し、被告鈴木は昭和五五年三月一七日ころ(なお、その間に持分の一部移転が昭和五五年一月一七日ころ行われている。)湯沢第一ホテルに対し本件土地建物を売渡した(この点については被告鈴木の主張を援用する。)。

被告東京信用保証協会は湯沢第一ホテルとの間で昭和五五年五月二九日及び同年九月二四日の二度にわたり根抵当権設定契約をした。

二 仮に原告が被告鈴木に本件土地建物の所有権を移転する意思がなかったとしても、被告鈴木への仮装登記について原告は明示ないし黙示の承諾を与えていたのであるから、民法九四条二項の類推適用により、善意の第三者である被告東京信用保証協会は本件根抵当権設定契約が有効であることを原告に主張することができる。

(被告中小企業金融公庫)

一 被告中小企業金融公庫は昭和五五年九月一八日訴外広栄物産株式会社に対し四〇〇〇万円を貸渡した。

二 湯沢第一ホテルは広栄物産株式会社の右債務を担保するため、その所有する本件土地建物につき被告中小企業金融公庫との間で昭和五五年九月一八日抵当権設定契約を締結した。

三 仮に本件土地建物が原告の所有であるとしても、原告は本件土地建物が登記上湯沢第一ホテルの所有を表している形式を故意又は過失により長い間容認してきたものであるから、民法九四条二項の類推適用により、その無効を善意の被告中小企業金融公庫に対抗することができない。

(被告株式会社岩野商会)

被告岩野商会は昭和五五年一二月一七日湯沢第一ホテルに一四〇〇万円を貸渡し、その担保のために本件土地建物に抵当権を設定した。

(被告結城秀雄)

一 本件土地建物の所有権は、原告から被告鈴木に、被告鈴木から湯沢第一ホテルに有効に移転している(この点については被告鈴木の主張を援用する。)。

二 被告結城は昭和五五年一二月一六日湯沢第一ホテルとの間で本件建物及び別紙物件目録(二)記載の土地につき次の内容の根抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約を締結した。

1 根抵当権設定契約

(一) 極度額 一五〇〇万円

(二) 被担保債権の範囲 金銭消費貸借取引による一切の債務

手形及び小切手上の債務

(三) 債務者 石川恒夫

2 停止条件付賃借権設定契約

(一) 存続期間 右の根抵当権の被担保債務不履行時から満三年

(二) 賃料 土地 一か月一平方メートル当たり三万円

建物 一か月五万円

(三) 支払期 毎月末日

(四) 特約 賃貸物の転貸及び譲渡ができる

三 仮に本件土地建物が湯沢第一ホテルの所有でないとしても、原告は本件土地建物の所有名義が被告鈴木、更に湯沢第一ホテルへ移転していることを昭和五五年三月一六日当時十分了知しかつ黙認していたのであるから、民法九四条二項の類推適用により、原告は善意の第三者である被告結城に本件土地建物の所有権を主張することができない。

[被告鈴木の抗弁に対する原告の答弁]

一  抗弁一は不知。

二  抗弁二の冒頭の事実は否認する。

1 抗弁二1は認める。

2 同2は認める。

3 同3のうち、篠田が湯沢第一ホテルの代表取締役に就任したことは認めるが、その余は否認する。

4 同4のうち、本件土地建物にスペースメディアのため抵当権設定登記がされており、登記済権利証等の書類を同会社が所持していたことは認め、原告が本件土地建物を担保にして資金を借入れることについて承諾をしたこと、原告が篠田に対し代理権を授与したことは否認し、その余は不知。

三  抗弁三冒頭の主張は争う。

1(一)(1) 抗弁三1(一)(1)は否認する。

(2) 同(2)のうち、湯沢第一ホテルが葉山から金員を借受けたことは認めるが、金額は七〇〇万円である。本件土地建物についての根抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約を篠田が原告の代理人として締結したとの点は否認する。原告の弟倉田俊夫が原告の使者として立会って契約したのである。本件土地建物につき主張の登記がされていることは認める。

(3) 同(3)のうち、篠田が原告の代理人であったとの点は否認し、本件土地建物につき主張の登記がされていることは認め、その余は不知。

(二)(1) 抗弁三1(二)(1)のうち、篠田が湯沢第一ホテルの代表取締役であったこと、湯沢第一ホテルが原告所有の本件土地建物を借受けホテルを経営していたこと、湯沢第一ホテルが同族会社であることは認めるがその余は争う。

(2) 同(2)は不知。

2 抗弁三2は争う。

原告が本件土地建物の売却の代理権を篠田に授与したとされる委任状は偽造であるから、原告は同人に代理権を授与した旨表示していない。

四  抗弁四は不知。原告は代金を受領していない。

[原告の反論]

一  湯沢第一ホテルの現場の営業はほとんど倉田俊夫が行っていたが、篠田は昭和五四年五月ころ同人に対し本件建物を病院に改造して経営しようとの話をもちかけた。そして篠田は、自分が湯沢第一ホテルの取締役になれば資金繰りが付けられるとの理由で自分を売込み、湯沢第一ホテルの代表取締役に就任し、準備資金を作る必要があると言って、銀行から金員を借受けるため本件土地建物を担保提供してほしいと、俊夫を介して原告に要請した。

俊夫は原告の使者として、昭和五四年七月三〇日印鑑証明書三通の交付を受けたうえ、同年八月初めころ篠田とともに葉山一夫方において、湯沢第一ホテルが葉山から七〇〇万円を借用し、同時に本件土地建物に抵当権を設定し公正証書を作成するために、本件土地建物の登記済権利証及び右印鑑証明書三通並びに白紙委任状、登記用委任状など数通を葉山に交付した。

二  原告は、銀行から融資を受けるものと信じていて、葉山のため抵当権を設定することについては知らなかったのであるが、俊夫から右の話を聞かされてやむなく追認した。ところが、篠田はその後借入金の使途について触れず、病院改装の準備も一向に進展せず、しかも篠田が俊夫を欺罔して本件土地建物の処分を計画している気配が感じられたので、原告は、昭和五四年一〇月一四日俊夫を通じ、また同年一〇月一六日には原告代理人である弁護士伊藤庄治法律事務所において同弁護士を通じ、篠田に対し本件土地建物について以後病院改装のための担保提供又は売買の話には一切応じない旨通告し、権利証の返還を求めた。ところが、その翌日である昭和五四年一〇月一七日、本件土地建物について原告から被告鈴木に対し売買を原因とする所有権移転登記がされた。

本件土地建物の登記済権利証、原告の印鑑証明書、委任状は前記のように葉山に預けてあったが、篠田は原告及び俊夫に無断でスペースメディアのため抵当権を設定し、これらの書類は同会社に保管されていた。被告鈴木は、スペースメディアから右書類の交付を受け、原告及び俊夫の知らないうちに石川安司と共謀し右書類をほしいままに利用して所有権移転登記手続をしたのである。

[再抗弁]

被告鈴木は金融業者であるから、当然に所有者である原告の意思を確認すべき注意義務がある。しかも篠田が弁護士に相談していると言ったとすれば、その弁護士に照会するなど原告の意思及び篠田の代理権が正当のものであるか否か確認すべきであった。しかるに被告鈴木は篠田らの言葉を信用しその確認をしなかったというのであるから、篠田が代理権を有すると信ずるについて過失があったというべきである。

[再抗弁に対する被告鈴木の答弁]

再抗弁については争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一のうち、本件土地建物につき原告主張の登記がされていることは、当事者間に争いがなく(答弁のない被告らは明らかに争わないものと認められる。)、その余の事実は、《証拠省略》により認めることができる(被告鈴木洋一、松平正樹、株式会社岩野商会、結城秀雄、大原千幸との間では争いがない。)。

請求原因二のうち、本件土地建物につき被告鈴木洋一のため原告主張の登記がされていることは、当事者間に争いがない(答弁のない被告らは明らかに争わないものと認められる。)。

二  乙A第一号証、第五号証の四、第六号証中の原告の名下の印影が原告の印章によるものであることは争いがなく、乙A第二号証の原告の名下の印影が原告の印章によるものであることは証人倉田俊夫の証言及び原告本人尋問の結果により認めることができるから、特段の反証のない限りこれらの印影は原告の意思に基づいて顕出されたものと推認すべきである。そして証人倉田俊夫の証言、原告本人尋問の結果及び後記争いのない事実並びに後記認定の事実によると、原告は、湯沢第一ホテルを実質的に経営していた弟の倉田俊夫に対し本件土地建物の売却を含めてその処分の権限を委ねており、この権限に基づき俊夫は右乙A各号証中の原告の氏名を記載し、原告の印章を用いてその名下に押印したことが認められる。そしてほかに特段の反証はないから、右乙A各号証の原告名義の部分は真正に成立したものと推定すべきである。また乙A第二号証のその余の部分は《証拠省略》により成立を認めることができ、乙A第六号証のその余の部分は《証拠省略》により成立を認めることができる。

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

1  早坂褜蔵は仙台市において不動産業を営むものであるが、昭和五四年七月ころ、知人を介して篠田晃雄を知り、同人から湯沢第一ホテルが使用している本件土地建物を売ることについての相談を受けた。その際篠田は早坂に対し原告名義の委任状を示したが、それには本件土地建物を表示して、篠田を代理人として売買代金の価格決定、受領の件につき一切の権限を委任する旨の記載があった。早坂は篠田に対し本人に会わせてほしいと要請したところ、篠田は本人と称して原告の弟倉田俊夫を同道し、東京都内のホテルニューオータニに来訪して早坂に会わせた。

2  早坂は、本件土地建物を自分が買受けて他に売却するということを考えたが、買受資金がなかったので、別に買受人を見付けるということになり、石川安司と折衝した結果、同人が買受けることになった。そこで石川安司は同年九月ころ、子の石川恒夫を伴い、早坂及び篠田とともに倉田方(島本金男方の可能性が強い。)を訪ね、本人と称していた俊夫と母の倉田タツに会って売却の意思を確認したところ、同人らからは一切を篠田に任せてあるから篠田とやってほしいということであった。

3  ところで、本件土地建物については昭和五四年八月二五日受付をもって湯沢第一ホテルを債務者としてスペースメディア株式会社のため債権額を二五〇〇万円とする抵当権設定登記及び同会社を権利者とする停止条件付賃借権設定仮登記がされていて、登記済権利証や原告名義の委任状等が同会社に預けてあったため、右債務を弁済しないと同会社に所有権が移転されてしまうおそれがあった。そこで早坂は、同年一〇月上旬ころ仙台市で金融業を営む知人の被告鈴木に電話して上京してもらい、東京都内のホテルニユーオータニで会い、本件土地建物を売りたいのだが担保に入っていて権利証がない、名義変更されると困る、債務を返済して権利証を取戻したい、湯沢第一ホテルのため金を貸してほしい、融通してくれれば本件土地建物を同被告の名義にするという趣旨の申入れをした。これに対し同被告は所有者本人に会いたいと希望したところ、翌日篠田が同ホテルに来訪して、同被告、早坂、石川恒夫に対し、持主から一切を任されていると説明した。その際同被告は、原告名義の篠田宛委任状(乙A第一号証)、湯沢第一ホテルの取締役会議事録(乙A第二号証)、借入金承諾書(乙A第六号証)、本件土地建物の登記簿謄本のほか原告名義の白紙委任状、印鑑証明書を見せられたが、右借入金承諾書には「一、株式会社湯沢第一ホテルの什器備品温泉権利、二、新潟県南魚沼郡湯沢町大字湯沢字滝沢三一八番地八、倉田幸夫所有の土地建物、右物建を名変買戻し特約付きにて借入れすることを承諾致します」と記載されていた。そして篠田からも、金を貸してほしいとの依頼があり、そのために本件土地建物を買戻すとの前提で売買することの申込みがされた。

そこで、その翌日同被告は湯沢町に行き、本件土地建物を実際に見聞し、湯沢第一ホテルの支配人に会い、篠田が同ホテルを代表して実際の経営、仕入れ等を行っていると聞いた。

4  その翌日同被告は東京に帰って早坂に会い、一時、金を融通してもよいと返事をした。引続き同被告は仙台市に帰り、被告久光二三四から約五〇〇〇万円を借受け、三菱信託銀行の取引口座に三〇〇〇万円を入金し、同年一〇月一五日東京駅前の同銀行本店においてこれを引出し、その場で篠田、早坂らの立会いのもとにスペースメディア株式会社に対し元利金とも二五〇〇万円余を支払い、登記済権利証、原告名義の委任状、印鑑証明書等の返戻を受け、更に同日中にホテルニューオータニにおいて篠田に対し残金を渡し、都合三〇〇〇万円を交付し、同日付で篠田から三〇〇〇万円についての仮受領書(乙A第七号証)を受取った。

5  そのころまでに同被告、早坂、篠田らの間で、同被告が登記手続費用等として一〇〇〇万円負担することを前提に、合計四〇〇〇万円に二五パーセント加算した五〇〇〇万円をもって原告が一か月以内に本件土地建物を買戻す旨の合意ができた。そこで同被告は早坂及び石川恒夫とともに新潟地方法務局六日町支局に赴き、本件土地建物の登記済権利証、原告及び同被告の委任状、原告の印鑑証明書、同被告の住民票等を司法書士に提出して登記手続を依頼し、同年一〇月一七日原告から同被告に対する同年一〇月一六日売買を原因とする所有権移転登記手続をした。原告の委任状はいわゆる白紙委任状で委任事項は司法書士が記載したこと、右登記手続の際、篠田は急用ができたということで同行しなかったが、湯沢第一ホテルに連絡してあって同被告は同ホテルに宿泊した。なお前記スペースメディア株式会社の抵当権設定登記、停止条件付賃借権設定登記は、いずれも同年一〇月一七日受付をもって抹消登記手続がされた。

以上の事実が認められる。《証拠判断省略》

右事実によると、篠田は原告を代理して、被告鈴木に対し本件土地建物を買戻特約付で売渡す旨の契約を締結したものというべきである。

三  原告から被告鈴木に対する本件土地建物の買戻特約付売買につき篠田が代理権を有していたかについて争いがあるので、この点について判断する。

1  本件土地建物がもと原告の父倉田七郎の所有であって、同人が湯沢第一ホテルを経営し、本件建物を同ホテルに賃貸していたこと、同人の死亡により本件土地建物は長男である原告が相続により所有権を取得し、同ホテルは七郎の妻であるタツが代表取締役となり、原告及び七郎の二男である俊夫が取締役となって運営されていたこと、右原告ら家族が、湯沢第一ホテルの取締役であった島本金男の紹介で篠田と知り合い、同人と相談の上本件建物をホテルから病院に改造し共同で病院を経営しようとの計画を立て、同人に対し右計画実現のための包括代理権を授与したが、その後右計画を断念し、農協への借金返済のため本件土地建物を第三者に売却するか又は本件土地建物の所有権を湯沢第一ホテルに移転した後同ホテルを売出すとの計画を立てたこと、篠田が昭和五四年七月二七日湯沢第一ホテルの代表取締役に就任したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

湯沢第一ホテルの役員構成は前記のとおりであったが、実質的には専ら倉田俊夫が経営に当たっていた。そして同ホテルの業績は昭和五四年当時必ずしも順調なものではなく、いわゆる赤字の状態であった。そのため前記のように病院に改造する等のことも計画されたのであるが、この計画が実現されないで終わった後も、本件建物が七郎存命中から同ホテルに賃貸され旅館建物として利用されていたことから、原告ら家族は、俊夫を中心に、本件建物とその敷地である本件土地を担保にして同ホテルのため融資を受けることを考えていた。篠田が昭和五四年七月二七日同ホテルの代表取締役に就任したのも、同人の経験、才覚等により他から融資を受ける便宜のためであった。以後俊夫は、本件土地建物を第三者に売却することあるいは本件土地建物の所有権を湯沢第一ホテルに取得させた上で同ホテルを売出す等のことも含めて篠田に広く本件土地建物に関する権限を委ね、本件土地建物の登記済権利証を預けていた。

俊夫と篠田は、銀行融資を得るまでの間一時的に金融業者である葉山一夫から湯沢第一ホテルのため七〇〇万円を借受けることとし、原告の委任状、印鑑証明書及び本件土地建物の登記済権利証を用いて、昭和五四年八月六日受付をもって、本件土地建物につき葉山のため極度額二〇〇〇万円の根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権仮登記手続をした。その後同年八月二五日受付をもって、本件土地建物につきスペースメディア株式会社のため、湯沢第一ホテルを債務者、債権額を二五〇〇万円とする抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記並びに所有権移転請求権仮登記がされ、右葉山のための各登記は抹消されたが、その間の経緯については、原告及び俊夫のいずれも関知するところでなかった。そして、俊夫は篠田に前記のような広い権限を委ねておくことに不安を抱くようになり、同年一〇月一四日には篠田に対し本件土地建物の売却、担保提供等の手続を一切取り止めるように申し入れ、同月一六日には本件原告訴訟代理人である伊藤庄治弁護士の事務所において同弁護士を通じ、篠田に対し同様に右手続を止めるように申し入れた。ところが同月一七日受付をもって、本件土地建物につき被告鈴木のため同年一〇月一六日売買を原因として所有権移転登記がされた。

以上のように認められ(る。)《証拠判断省略》

3  右事実によると、原告は湯沢第一ホテルの実際の経営に当たっていた弟である俊夫に同ホテルの事業遂行のために本件土地建物を利用するための権限を一般的に委ねており、また俊夫は篠田に対し同様の権限を委ねていたが、昭和五四年一〇月一四日には俊夫は篠田に対し右委任関係を解消する旨通知したものと認めるべきである。そうすると、篠田はもはやその時点で本件土地建物に関するいかなる権限も持たないこととなったといわなければならない。

したがって、被告鈴木に対する本件土地建物の売買につき篠田が原告から代理権を授与されていたとする被告らの主張は採用することができない。

四  次に、表見代理の成否について判断する。

前認定によると、原告は湯沢第一ホテルの実際の経営に当たっていた弟である俊夫に同ホテルの事業遂行のために本件土地建物を利用するための権限を一般的に委ねており、また俊夫は篠田に対し同様の権限を委ねていたが、昭和五四年一〇月一四日には右委任関係は解消されたものである。したがって、被告鈴木から篠田に対し三〇〇〇万円が支払われた同月一五日ないし同被告のため所有権移転登記がされた同月一六日のころには篠田の右代理権は消滅していたというべきである。

しかし、被告鈴木は、湯沢第一ホテルの代表取締役である篠田に会って、同人が本件土地建物の所有者である原告から任されているということを聞き、かつ前認定のような委任状、取締役会議事録、承諾書を示された篠田に代理権があるものと信じていたものであり、また篠田の代理権が消滅したと認められる昭和五四年一〇月一四日と被告鈴木に対する本件土地建物の買戻付売買がされたとみられる同月一五日(ないしは登記原因に記載されている同月一六日)との間に被告鈴木が右代理権消滅の事実を知り得る状況にあったと認めるべき証拠はない。そのほか前認定の事実関係の下においては、同被告は右代理権の消滅につき善意であったと認めるのが相当である。したがって、原告は右代理権の消滅をもって同被告に対抗することができない。

原告は、同被告に過失があったと主張するが、前記の事実関係の下においては、被告鈴木において、篠田が本件土地建物を担保にして同被告から金員を借受けるにつき買戻特約付売買の形式で同被告に所有権を移転するにつき原告から代理権を授与されていると信ずるについては正当の事由があったというべきである。しかも、《証拠省略》によると、同被告は、早坂らから、原告に会って本件土地建物を売却することについて話をしていると聞いていたこと、湯沢第一ホテルの登記簿謄本により篠田が同会社の代表取締役に就任していることを知っていたこと、また同被告が篠田に対し本人に会わせてほしいと言ったところ、同人は、原告はまだ歳が若いし何もできない、法律家に相談してやっているから間違いない、書類を皆出したのに馬鹿にしているなどと言って怒ったため、同被告はそれ以上要求することができなかったことが認められるのであるから、同被告には篠田の代理権が消滅したことを知らなかったことについて過失があったということはできない。

五  以上のとおりであって、被告鈴木は原告から売買によって本件土地建物の所有権を取得したものであるから、原告が本件土地建物につき所有権を有することを前提とする本件抹消登記請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新村正人)

<以下省略>

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